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器好き

器、特に和食器が好きです

京都(壬生寺・島原角屋)

旅も好き

 

2017年3月

京都

壬生寺・島原角屋

 

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こちらは、島原角屋。

 

壬生寺

京都に行くときは、その時に特別拝観をしている神社仏閣を中心に回っています。今回は壬生寺です。新選組が屯所としたお寺です。その後手狭になり、西本願寺に移動します。京都駅からタクシーの運転手さんに「壬生寺までお願いします。」と言ったら、「これまた渋いですね!」と言われてしまうお寺ですが大河ドラマ新選組をやっていたときは人気だったようです。その時と比べると少々さみしくなったようですが、特別拝観期間中ということもあり結構にぎわっていました。今回2回目の再訪です。

今まで一般公開されていなかった狂言堂(女人禁制ですが特別拝観期間中は見学可)を見学し、本堂のご本尊を拝んでまいりました。建立以来なんども火災に見舞われたらしく何度か建て直し今は近代的なお寺となっております。

壬生狂言、毎年4月と10月に行われているらしいのですが大変興味深かったです。プロの狂言師が行うのではなく地域の方が演ぜられるようでがその手法は途切れることなく受け継がれています。難しい仏教の説法をいかにわかりやすく伝えるかが壬生狂言の起源らしく庶民が興味を持てるよう舞台演出はなかなか凝っています。一度は観てみたいな。(壬生寺の写真は撮り忘れ)

www.mibudera.com

 

◆島原角屋

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島原角屋ののれん。

 

壬生寺から徒歩25分程度のこところに、「島原角屋」という揚屋さんがあり見学しました。こちらも特別公開でした。新選組が夜な夜な遊びに行ったところです。ある日、新選組の金払いが悪く、ツケ払い禁止になってしまったことに憤慨した新選組の浪士が刀を振り回してつけた傷が柱に残っています。今でいう逆切れ。島原という名前は幕府の指示で揚屋さんがこの地に移転させられた時の様子がまるで島原の乱のように目まぐるしいものだったからついた名前だとか。あの島原と関係あるのかなぁとずっと思っていた疑問が解けました。

角屋さんは遊郭ではありません。揚屋(料亭)です。この辺はデリケートな問題ですので間違ってはいけません。興味がある方はこちらの「遊郭揚屋の違い」を下記サイトで参考にしてみてください。

sumiyaho.sakura.ne.jp

 

 Q. 角屋は遊廓の店ですか?
A. 角屋は遊廓の店ではなく、今の料亭にあたる揚屋(あげや)という業種の店です。揚屋には太夫や芸妓を抱えず、置屋から派遣してもらって、お客様に歌舞音曲の遊宴を楽しんでいただくところです。揚屋は江戸時代、民間最大の宴会場でした。そこでは遊宴のみならず、お茶会や句会なども行われ、文化サロンとしての役割も果たしていました。そのため、揚屋建築は、大座敷に面した広庭に必ず茶席を設け、庫裏と同規模の台所を備えていることを特徴とします。ちなみに、いわゆる遊廓の店には、大座敷、広庭、茶席などはなく、ほとんどが小部屋のみの構造であります。

角屋保存の意義より引用

 

京都が好きなわりには毎度慌ただしい訪問で、壬生寺と角屋しかまわれませんでしたが、お時間があるかたは壬生寺からほど近い八木邸に行かれることをお勧めします。とはいえ、今回のエリアは新選組に興味のない方だとほぼスルーでしょう。特に遠方からとなるともっとメジャーな神社仏閣がありますからそちらが優先になるのかも。私もつい最近まで新選組に興味がなく、なぜ人は新選組にこんなにロマンを感じるのか理解できなかったのです。しかし、この本を読んで一気に変わりました。浅田次郎著「壬生義士伝」です。浅田次郎の代表作で映画や漫画にもなりましたので今更あらすじを語るまではないでしょうが、涙なくして読めない作品です。「一番好きな本は?」と聞かれたら間違いなく「壬生義士伝」と答えるぐらい好きです。壬生義士伝の中でも壬生寺から出世して西本願寺へというストーリーが書かれているのですが、はじめて壬生寺を見たときは新選組が構えた屯所の割には小さいなぁという印象でした。そっから西本願寺ですからね大出世です。

 

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大広間からみる庭園の臥龍松。この庭園を見ながら新選組も会合を開いていたのでしょう。その後まさか、函館まで行くとはね。(歴史をかなり端折りました。笑)